
ボヘミアン・ワンダーランド#2[[/img/R_contents_murokenWL1.gif
投稿日時 2005-5-13 0:23:11 | トピック: ボヘミアン・ワンダーランド
| MUROKEN’S ボヘミアン・ワンダーランド#2
ハワイ音楽と牛の関係はナ〜ンダ?ーーそう訊かれて、すぐ答えがスラスラ出てきたら、あなたは相当のハワイ音楽通だ。いけね、スラスラ…なんてヒントのようなことを言っちまったぜ。そう、ここで僕が言おうとしているのは、あの椰子の葉を揺らす風に乗って聴こえてくる、優しくとろけるようなギターの調べ、スラックキー・ギター・ミュージックのことなのだ。ミシシッピーにブルース、スペインにフラメンコ、そしてハワイにスラックキーあり、と今では世界三大ギター・ミュージックのひとつに数えられるそのスラックキーだが、その起源はなんとモー笑える話。そもそもの始まりは18世紀末、イギリス商人からハワイ王朝の王様に贈られた、つがいの牛。しかし、もらってはみても、牛はもともとハワイにはいない動物。扱い方もわからないのでハワイ島の南コハラの草地にほったらかしにしておいたそうな。そしてある日、ふと気づいてみるとあたりは、牛、牛、牛、牛、牛だらけ。モーかなわん、なんとかせいとこの牛対策のためにカリフォルニアから招かれたのがスペイン人カウボーイたち。ハワイ語でカウボーイを意味するパニオロという言葉は、パニックでオロオロした王様が呼んだエスパニヨールたち、と見事にこの大事件の痕跡をとどめた言葉なのだ! ん? なんの話をしていたのだったか? そうだ、この時、彼らカウボーイたちがハワイに持ちこんだのがまだ島人たちが目にしたこともなかった楽器。彼らが残していった、その楽器、おそるおそる手にして見よう見まねで弾いてみればボロロロローン。目からうろこが落ちるような音……その時、歴史が動いた、というわけなのだ。 しかし何故、フラメンコにならず、指一本で和音ほしいままのオープン・チューニングという現在のスタイルになったのか? その答えはおそらく、物事できるだけシンプルに、楽に考えようというハワイ人気質にあるのだろう。“わー、これがギターか!でもあのチューニングってどうやるんだっけ? あっ、これ、一番目と五番目と六番目の弦を緩める(スラック)と楽に弾けて、いい感じだよ〜!”と、そんなお気楽、自由勝手さでさまざまなチューニング・スタイルをあみだし、このハワイ独自のギター・スタイルが産み出され、世界中の音楽ファンを魅きつけるまでになってきたのだろう。
というわけで、これから夏に向けて軽やかにフットワーク。一足早くハワイアン・ウェイブをチェックしてきた僕からお送りするハワイ音楽特選ガイド、やっぱり最初のおすすめは、今年からグラミー賞に新設されたハワイ音楽部門で見事ベスト・アルバムの栄冠に輝いた『Slack Key Guitar Volume2』。ソニー・リム、ジョン・ケアヴィ、ケン.エマーソンら新旧のギター名人たちの演奏を集めたこのコンピ・アルバム、古く新しいこのハワイ伝統音楽の素晴らしさ(そして心地よさ!)を堪能させてくれる。「でもやっと今頃目を向けるなんて、アメリカ音楽業界は遅れてるよ!」とはサニー・チリングワース、ピーター・ムーンらスラックキー・マスターたちを早くから日本に紹介してきたニック加藤さんと僕の共通の意見。このアルバムでスラックキーの魅力にはまったら、ぜひともそのブームの火付けとなったダンシング・キャット・レコードのSKGシリーズ、特にレイ・カーネの『Punahele』、あるいは現代ハワイ音楽のゴッドファーザー、ギャビー・パヒヌイの『Pure Gabby』を!これらのアルバムには、目立つとか売れるとか有名になるとか、そんなことにはなんの頓着もなく、ひたすら自分たちの楽しめる音楽を追求してきた男たちの清々しい笑顔がにじんでいる。
でも、でも、やっぱりハワイというと、アイランド娘たちの甘く優しい笑顔のほうが……という向きには、しかたがない教えてあげましょう。芳紀17才でデビュー、まさにこぼれる花の微笑みと、あのジェノア・ケアヴィの再来かとも思えるファルセット・ボイスで、たちまちハワイ中の男たちを魅了したライアティという美しい歌姫がいることを。 まあ、ごらんあれ、このアルバム・ジャケット、『Sweet & Lovely』というタイトル、そのままじゃありませんか。しかたがない、ばらしちゃいましょう。どこでも売り切れのこのホット・アルバムを探し求め、四国の半分はあるという広いビッグ・アイランドをコナからヒロへ、またコナへ、友人から借りたトラックを駆り立て一日のうちに島を二周もしたのは……はい、僕です。でも、それだけ頑張った甲斐は十分あったってもの。彼女自身のセルフ・プロデュース によるこのアルバム、昔なつかしいラウンジ・ショー・スタイルの歌姫から、21世紀風バリバリの最先端ソウル娘までライアティは千変万化。酔えます、乗せます、聞かせますの三拍子!これでは“最も将来を期待させる新人”とハワイ音楽界が熱い注目を寄せるのも道理。テレサ・ブライト、ロビ・カラカウアに続く、久々の大物女性シンガーというわけなのだ。
歌物でラジオからもさかんに流れていたのはケアリ・レイシェルのあの歌「Ka Nohana Pili Kai」。夏川りみ、ビギン、森山良子トリオが産んだ大ヒット曲「涙そうそう」のこのハワイ・バージョン、最近ではTV番組でも取り上げられていたから、日本でも耳にした方も多いのでは。それでも去年、ハワイ帰りのフラ娘から、この曲の入ったアルバム『Ke‘alaokamaile』を聴かせてもらい「実はこっちがオリジナルなんですよ〜」と言われた時、僕はまんまとかつがれちまった。思わず、そう信じてしまうほどの素朴で真摯で、情感豊かな彼の歌いっぷりが、ググッときたのだ。 ケアリといえば思い出すのが、あのチャンピオン・サーファー、ジェリー・ロペス系のワイルド&セクシーなルックス、スイート&ノスタルジック・ボイスで登場し、並みいるアロハ・レディたちはメロメロ、ヨンさま状況を作り出した時のこと。あれから10年、やっと男のハートにも届くような歌を歌えるようになったか。いや、それとも、これはもてもての同性に対するおいらの側の嫉妬心や反感が消えたせいか……原因はどちらかよくわからないが、とにかく久々に胸に来るハワイ語の名歌唱であることは間違いない。
最近は“アロハイサイ”という言葉もあるほど、同じような弾圧と再生の歴史のサイクルを通過してきたハワイと沖縄というふたつの似た島。そのふたつの島を結ぶアイランド・ミュージックの絆、なんてことを考えていたら、なんだか無性にイズのことを思い出し、ミュージック・ストアの店頭に飾られていた彼、イズラエル・カマカヴィオレのDVDを買ってしまった。コニシキも真っ青の巨大な体と、その体とは似ても似つかぬ天使のようなスピリチュアル・ボイスで生涯、ハワイ人の誇りと希望、怒りや愛を歌い続けて、老若男女の違いなく数多くの島人たちに共感を与えたイズ。
その彼が他界した時は州葬になったほど、アイランド・ソウルの体現者としての彼の人気は本当に他に類をみないものだった。ACT LOCALLY,SING GLOBALLYという彼の一生をドキュメントした『IZ/THE MAN BEHIND THE MUSIC』とそのベスト・パフォーマンスを集めた『IZ/ISLAND MUSIC ISLAND HEARTS』、この二本のDVDもヨー・チェック、トゥー!なのだ。 冷え込む演歌界を救ったのが氷川きよしなら、地元の人々にも忘れかけられていたハワイ音楽を救ったのがイズ、とでも覚えておいてもらおうか。相撲レスラーへの道も蹴飛ばして“アロハ節だよ、人生は”の道をつらぬいた、最高に素敵なデブッチョ野郎がいたのだってことぐらい何度もハワイ訪れる人は覚えておいてほしいものだ。 ああ、彼の歌う「花」や「涙そうそう」聴きたかったな……。きっとケアリのようなうすっぺらロマンチックな歌詞でなくて、もっと元の詞に近いソウルフルな詩で歌って、もっとたくさんの人が聴いていただろうに……。そしたら僕も“ハワイ音楽と沖縄音楽の関係はナ〜ンダ?”“そうそう!”なんてやって……うう、寒いか……。
今回のハワイ島ボヘミアン・ツアーで僕が最後の日に訪ねたのは、コナ・サイドの丘の家でコーヒー園を営むジェシー・コリン・ヤングの所だった。 “えっ!ジェシー…”とここで喉に言葉をつまらせる人がいたら、その人は60年代終わりのアメリカの若者たちの反戦運動の聖歌になった彼のバンド。ヤングブラッズの「ゲット・トゥゲザー」や、その後の彼の『ソング・フォー・ジュリー』などのソロ・アルバムを聴いて心うたれた人に違いない。何年か前に北カリフォルニアの山奥の家を山火事で失い、ハワイ に移住してきた彼。
「最初はさすがに元気も出なかったけど、昔のバンドの仲間、ケニー・ロギンズやニール・ヤング、この島に住む歌仲間たちに励ましをもらってね、また歌い始めたんだよ」そう言って手渡されたのは『LIVING IN PARADISE』という彼の新作アルバムとMORNING SUNとロゴの入ったコーヒー豆の袋。うれしくなって早速CDのライナーノートをめくってみれば“人は愛と恐れの間で揺れる。でも選び続けよう、愛を!だって恐れを選べばその先にあるのは死だけなんだから”とこの間のふりかかった不運な事件やあの9・11事件を真摯に見つめてきた詩人ならではの言葉。 その言葉どおり、今年の初めにはあのインド洋津波の被災者救援のためのコンサートに立ち上がり、何万ドルもの救済金を集めたという。かつて“カリフォルニアの声”と呼ばれ、日本でも大きな人気を呼んだ社会派シンガーは健在だった。「このハワイって島はありとあらゆる人種の人々が集まって、どうやったらみんなが仲良く平和に共存していけるかを毎日の暮らしの中で考え、その理想に向かって少しずつだけど前進していってる感じさ。それがアロハ・スピリットなんだ」。
プレスリーの「好きにならずにいられない」から「イマジン」「ホワッツ・ゴーイン・オン」それに前述のイズの「ハワイ78」まで、いかにもジェシーらしいアロハ・スピリットあふれた“ハワイアン・アルバム”を居間で聴かせてもらっていると、いれたてのコーヒーを運んできてくれた彼。 コーヒー・カップでの乾杯の言葉は日本語で「カンパーイ、モット、ヘイワ、クダサイ!」その顔は相変わらずライト・シャインだったのだ。
紹介したハワイアン・アルバムで少しでもKEEP OUR DREAMS OF PARADISE ALIVE !そうしてもらえれば嬉しいのだ。
※ムロケンの本格的ハワイ音楽紀行文「フラ・ムーンの下で」は山内雄喜・サンディー共著『ハワイ音楽パラダイス』(北沢図書出版)に所収。
2005 May/Muroken#2
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