ピアノの前に座り、サングラス姿で全身をのけぞらせ、満面を笑みにして歌う彼。“アイ・ガット・ア・ウーマン”“ホワット・アイ.セイ”“旅立てジャック”“我が心のジョージア”……盲目というハンディを乗り越えたように、ゴスペル、R&B、カントリー、ブルース、あらゆる音楽ジャンルの壁を乗り越えて、人々の心を揺さぶり続けた彼。 フランク・シナトラをして「音楽界で唯一の天才と呼べるのは彼だけ……」とうならせ、ビリー・ジョエルが「冒涜かもしれないが、エルヴィスより重要な人…」と認め、今年73年の生涯を閉じたが、なお、ノラ・ジョーンズをはじめ、世界中のファンが“WE CAN’T STOP LOVING YOU”と彼を愛し続けてやまない……。 そう、僕はレイ・チャールズの話をしているのだ。こんな彼の波乱万丈の生涯を描いた映画が作られ、姿、形、動作、何もかもが生き写しのような迫真の演技をした主演男優、ジェームス・フォックス以下、さまざまな部門で来るグラミー賞を総なめにしそうな出来栄え、というニュースが飛び込んできた。 こうなっては、これまでパリ、ニューヨーク、トーキョー、サッポロ……世界のあちこちのコンサート・ホールで、この音楽的巨人の歌声に魂を奪われてきた人間としてはジッとしてはいられない。つてを辿って、今年最後の試写会の場所と時間を聞き出すと、乱入御容赦!観てきてしまったのだ、2時間半を超えるその超大作映画『レイ/RAY』を。 ウムムム、ガーーーン! 感想を一言で言えばそういうことになるのだが、とにかく見終わったあと、ホワット・アイ・セイ!言葉を失い、しばらく動けなくなるほどの感動に僕は打ちのめされてしまったのだ。監督・製作のテイラー・ハックフォードが15年間も交流を続け、その間に当人から直接聞き出したライフ・ストーリーをもとに原作が書かれたというだけあって、映画にはこれまでほとんど知られていなかった、さまざまな事実がちりばめられていた。 彼の失明が生来のものではなく、小さい時に遭遇した弟の事故死から受けた心理的衝撃が原因だったこと。そんな彼を女手ひとつで育て、盲目であることを恥じず、強く、誇り高く生きることを教えて早く他界した母親の存在。生まれ故郷でありながら、ほぼ20年に渡って彼の州内での演奏を禁止していたジョージア、他南部諸州でのすさまじい人種差別の実態。(ジョージア州議会は1979年彼に謝罪し、「我が心のジョージア」を州歌に制定している)。そして、さまざまな胸を引き裂くような恋、麻薬濫用の誘惑という内なる悪魔との戦い……。 それらのハンディ、逆境、困難をはねのけながら、その音楽的才能を開花させ、アメリカの、世界の宝となったレイ・チャールズ。 音楽、恋、人生、そのすべてにおいて彼は“天才”だったのだろう。「ジャズ、R&B、ブルース…この国の音楽、黒人芸術が大きく花開いたのは、その原点に差別を逆にバネにして逞しく豊かな感受性を育ててきた、ひとりひとりのアーティストの戦いがあったからでしょうね。マイルスしかり、レイ・チャールズしかり……」。 気がつくと僕はニューヨークはグリニッチ・ヴィレッジのカフェで、あのJJ氏、植草甚一さんとフラッシュバック・トークをしていたものだ。音楽・映画・文学、ありとあらゆるジャンルについて語り、散歩と雑学と人生の達人。そのファンキーさが多くの人を魅きつけ、他界したJJ 氏。しかし、困難に遭遇すると夢の中に現れてくるレイの母親のように、このファンキー・ダディは、僕が言葉では言い表せぬような体験をすると、デイドリームの中に登場して、良い話し相手になってくれるのだ。ひさしぶりに姿を見せてくれた氏に僕は嬉しくなって、一気にまくしたてたものだ。 「今年は“マイ・ガール”をはじめ、ヒット総数ではビートルズ、ストーンズを上回る、あのモータウン・サウンドを作った影のスーパーグループ、ファンク・ブラザースを紹介した『永遠のモータウン』、マーティン・スコセッシ監督が総指揮を取り、ブルース音楽にいろんな角度からスポットを当てた『ザ・ブルース』、それにこの『レイ』??アメリカン・ブラック・ミュージックの魅力を堪能させてくれる映画がいっぱいだったんですよ。何故なんでしょうね?」。「それはきっと多くの人が、使い捨ての商品ではない、しっかりとしたルーツを持つアートにプラグインして、もう一度ソウルフルでプレイフルな気分を取り戻したいと思っているからですよ。ほほう、レイ・チャールズは“音によって見ること”を母親から学んだのですか。サム・フランシスというアーティストも“見るためには目を閉じることが大事だ”と言っていましたよ。比較になるかどうかはわかりませんが、僕も町を散歩していて気になる店やレストランを見つけると、入り口で一瞬目を閉じてその店の音や匂い、人々の気配にぬくもりがあるかどうかを確かめてから入るかどうかを決めたものです。 意外とよく当たるものですよ。中身がないくせに目先の作りだけでごまかして人を呼ぼうとする、そんな店は、こうするとすぐわかってしまうもんですよ、ほっほっほ……」。 気がつくとテーブルの上のコーヒーの湯気の向こうにJJ氏の姿は消え、目の前には一枚のCDが残されていた。『ジーニアス・オブ・ラブ』。それはレイが、ナタリー・コール、B.B.キング、ウイリー・ネルソン、彼の音楽を愛し、リスペクトしてきた多様なジャンルの歌手たちとデュエットした彼の最後のアルバムだった。 天国の彼の、そしてJJ氏からの贈り物に違いない。コーヒーをもう一口すすると、僕は巨人たちがいなくなって少し小さく感じられるようになった世界、その隙間を埋めようと、ウォークマンに入れたCDのボリュームを上げ、冷たい師走の町に向かって、また歩き始めたのだった……。#1END
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