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“アメリ・カフェ”

 近所に“ドゥ・ムーラン”という名前のカフェがある。「えっ? それって、あのアメリの?」と聞き返してくる人も少なくないはずだ。そう、あの爆発的にヒットした映画“アメリ”の舞台となったカフェである。モンマルトルの丘のふもとにあるこのカフェはあれ以来、すっかりパリの名所の一つになってしまって、いまだにカメラ片手に訪れる観光客が絶えない。といってもそのほとんどは日本の若い女の子たちだ。
 それも一人や二人でなく、毎日何組ものグループがひっきりなしにやってくるところを見ると、恐らくガイドブックに紹介されていて、モンマルトル観光コースに組み込まれているのだろう。
 僕の方は映画以降かえって立ち寄る頻度が減ってしまったが、それでも最寄りのカフェであることに変わりはない。もしカウンターにもたれて手巻き煙草を巻いている日本人風をみかけたらきっと僕です。
声をかけてやってくださいね。


 映画を撮ったジャンピエール・ジュネ監督も近くに住んでいて、ときどき通りですれ違う。実際、あの映画はこの界隈をよく知った人間でなければ作れない映画であることは明らかだ。描かれているのはモンマルトルの中でもメトロのアベス駅を中心とした生活エリアで、“ドゥ・ムーラン”やサクレクール寺院はもちろん、あの八百屋さん、くねった石畳の坂道、急階段など、僕自身よく見知った風景がたくさんでてくる。
 ポルノショップのシーンには違和感を覚えた人がいたようだが、セックスショップの並ぶピガールはアベスに隣接していて日常的に通行する場所だ(出入りはしません)。
 また、例えばカフェのタバコ売り場にゴロワーズを買いに来る若い女性は、実際にそこで働いている娘を起用したものだ。いつも僕は彼女からタバコを買っていた。そんな小細工があちこちにちりばめられていて、住人ならではの楽しみがいろいろある映画であった。画面の端々に監督のこの界隈に対する愛着がにじみでていて、大いに共感しながら見ていたわけだ。
 監督の姿は今も“ドゥ・ムーラン”でみかける。笑ってしまったのはテレビのトークショーで彼が披露したエピソードだ。外の座席に座っていた監督にカメラを手にしたうら若き日本女性が近づいてきて、「あのう、カフェの写真を撮りたいんですけど……」。てっきり自分も一緒に写真に入れたいのかと思って座り直したら、「邪魔なのでちょっと席を外してもらえませんか」と言われたとか! まあ、ジョーク半分なのだろうけど。
 ところでこの“ドゥ・ムーラン”、みんな喜んで写真を撮っていくけど、僕にとっては脱け殻同然なのだ。映画で有名になったのをきっかけにオーナーが変わってしまったせいだ。面影は残しているけど内実はすっかり変わってしまった。タバコ売り場はもうない。娘も馴染みのギャルソン達もいない。
 せっかく有名になったのになぜ? その辺の事情を次回お話しすることにしよう。


2005 July / GAN

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