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湘南みたまま感じたまま(2)

 昨年12月末のスマトラ沖地震は、私達に津波の恐ろしさをまざまざと見せつけました。
 これまで津波の怖さは聞かされていてもしょせんは伝聞という形でしたから、以前三陸へ旅行した際にみた防潮提の高さに驚くことはあっても実際の姿そしてその脅威は想像するしかありませんでした。
 今回のように“TUNAMI”の姿をまともに映像として見たのは、ほとんどの人にとって初めての経験だったと思います。情報化社会ということを、しみじみ感じた出来事でした。
 それに関連して、去年の暮れから正月にかけ、テレビでは間近に迫っている(と言われている)大地震について特集をしていました。その中でひとつ私の興味をひいた内容があります。
 それは、皆さんお馴染みの鎌倉の大仏様のこと。現在、大仏様は露座でいらっしゃいますが、もともとは東大寺の大仏のようにちゃんとした大仏殿があったというのです。
それが津波によって破壊され、今のような姿になられたとのこと。
 私、恥ずかしながら、大学時代古美術クラブに属し、その顧問の先生は鎌倉彫刻研究の第一人者といわれたM先生でありました。しかし、その頃のわたしの目は白鳳彫刻へ向いていたため、ほとんど一般教養程度しか大仏様のことを知らず、大仏殿は火災で焼け落ちたと勘違いしておりました。古来東大寺の大仏殿をはじめとして、古社寺は落雷・焼討ち等によりその伽藍を喪失することが多く、まさか津波がーーー。与謝野晶子が、美男におわすーーと詠んだ大仏さまですが、どうもおじさんっぽくて好きになれず、興味の対象ではなかったのですが、その大仏様が何と津波の被害にあっていたとはーー。

 由比ガ浜から大仏様まで約1キロメートルの距離があり、大きな波が直接押し寄せるとは考えにくい場所ですし、ましてや民家と異なり大仏殿ですからそれ相当の建物だったはずです。波が民家をなぎ倒しながら大仏殿までやってきたのだろうか?と頭をひねりました。
 その答えはーー以外にも“川”でした。由比ガ浜に押し寄せた“津波”は、一気に滑川をさかのぼり大仏殿を襲ったのでした。今回の津波のように10m〜30mの高さに達していたとすれば、大仏殿とてひとたまりもありません。大仏様もその時肩に傷を負ってしまわれました。
 それ以来暑さ・寒さに耐え鳩の糞や落書きにも耐えながら鎌倉の町を見守って下さっていたのですから、思わず頭が下がります。昔の殿様のように大仏殿を寄進してくれるような太っ腹な方はいないものかーーと、TVに出ているセレブなお金持ちを横目で見つつ、時代が悪いのよねーーとわが身の不甲斐なさと勉強不足を棚にあげた私でありました。
 今度鎌倉にお越しの際は、是非大仏様に手を合わせてみて下さい。きっと気持ちが洗われます。

 最後になりましたが、今回の地震・津波で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。合掌。

2005March/Mom#2

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